湯屋番

「一人気違い」の名手が「一人気違い」を演じる

【あらすじ】
実家を勘当になってしまった若旦那は知り合いの職人の家で居候になっています。しかし、このままではいけないと湯屋（銭湯）に働きに行くことになりました。若旦那の目的は言うまでもなく女湯を覗くことです。ところが、いざ番台に坐ってみると肝心の女湯には一人も客が入っていませんでした。しかし、それで挫ける若旦那ではなく、番台をやっていることも忘れて、どんどん自分勝手な妄想に耽っていきます。その妄想の中では若旦那は色っぽい年増の女に惚れられ、二人は深い仲になるのですが……。

【聴きどころ】
枕でも遊雀師が説明していますが、落語の世界では登場人物が自分の妄想にはまり、その世界にどんどん埋没していくことを「一人気違い」と言います。遊雀師は自分でもこの一人気違いの噺が大好きだと言うだけあって、この種の噺の名手とされています。時代によって好まれる落語とそうでない演目があり、一人気違いの噺は近頃は高座にかけられる機会が少なくなってきましたが、これが落語の原型の一つであることは間違いありません。そしてこの『湯屋番』はそうした噺の代表作なのです。

【もうひと言】
普通の演出では主人公の若旦那は番台に坐っている内、次第に妄想の世界に入ることになっています。ところが、遊雀師演じる若旦那は番台に坐る前からエンジン全開です。他の噺家であれば妄想に狂った末にようやく到達する若旦那の精神状態が、遊雀師の若旦那では素のキャラなのです。となれば、この若旦那が妄想に耽ってからの爆発ぶりは推して知るべしで、これまでに数多く演じられてきた『湯屋番』の中でも特筆に値する狂態を楽しむことができます。

[収録：2009年7月4日　文鳥舎（東京・三鷹）]

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